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9月5日「SIBシンポジウム 2017」イベントレポート(前編)

~アメリカの最新動向と日本におけるSIB導入のポイント~

2017年10月14日

 2017年9月5日(火)に、一般財団法人社会的投資推進財団(以下、SIIF)とケイスリー株式会社(以下、弊社)の共催で「SIBシンポジウム 2017」を開催した。

 本シンポジウムは、主にソーシャル・インパクト・ボンド(以下、SIB)導入を検討している方等を対象とし、アメリカの最新動向や実際にSIB導入を経験した関係者からそのポイントを共有することを目的に開催された。2017年度から、日本初となる本格的なSIB導入が八王子市や神戸市でいよいよ始まり、経済産業省のモデル事業に加えて厚生労働省のモデル事業が新たに開始されるなど、SIBの関心が高まっている。日本導入を推進してきたSIIFと弊社に加え、米国で多くのSIB導入を支援するThird Sector Capital Partners(以下、TSCP)のKevin Tan氏(以下、ケビン)を迎え、始めにケビン氏による米国の最新動向や今後の展望、次に日米のSIB導入における比較等を交えた議論が行われた。

イベント概要

  • 日時:2017年9月5日(火) 14:00 - 17:00(13:30受付開始)
  • 場所:日本財団ビル 2階大会議室 (東京都港区赤坂1-2-2)
  • 共催:一般財団法人社会的投資推進財団、ケイスリー株式会社

プログラム概要

  • 14:00 - 14:10 オープニング
    工藤 七子氏(一般財団法人社会的投資推進財団 常務理事)
  • 14:10 - 15:10 基調講演「グローバルの潮流とアメリカにおけるSIBの展望」
    Kevin Tan氏(Third Sector Capital Partners Manager)
  • 15:10 - 16:30 パネルディスカッション「日本におけるSIB導入のポイントと課題」

    伊藤 健氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任講師)※モデレーター

    藤田 滋氏(公益財団法人日本財団経営企画部ソーシャルイノベーション推進チーム)

    幸地 正樹氏(ケイスリー株式会社 代表取締役)

    八王子市医療保険部成人健診課

    木下万暁氏(サウスゲイト法律事務所)

    Kevin Tan氏(Third Sector Capital Partners Manager)

  • 16:30 - 17:00 質疑応答

 本レポートはシンポジウムを踏まえて、弊社の考えを新たにまとめたものである。前編では、ケビン氏の基調講演を受けて考えをまとめた(以下、特別な注釈がない限りは、ケビン氏の基調講演からの引用である)。
 ※イベントレポート(後編)はこちら

グローバルの潮流とアメリカにおけるSIBの展望

 米国でPay for success[1] (成果報酬契約。以下、PFS)が始まったのは、「領域によって成果を評価するための費用」が異なってきたという背景がある。この数十年間でガンの死亡者数は医学の進歩によって明らかに減少してきたのに対し、教育や貧困の領域では大きな変化が見られない。この差は、正当な評価にどれだけ資金がかけられてきたか、ということによる影響が大きい。医療分野と社会福祉分野を比較すると、正当な評価にかけた費用は約50倍の差があるという。こうした背景は分野や文化に強く依存してきているものだと思われるが、現在「データ革命(低価格化)と慈善家となる超富裕層の増加」により、分野による評価の差というのは、大きな転換点を迎えている。この2つの要素は、PFSを進めていく上での重要な役割を担っているのである。

[1] アメリカでは、民間から資金調達しないPayment by Results (PbR)や民間から資金調達するSIBを含めて「Pay for Success(成果報酬契約)」と呼ぶことが一般的

政府と民間が協力するPFS

 先進国ではほとんどの場合、政府が民間の何倍もの資金を投入している。この時、政府と民間の双方に理想的な結果をもたらすのが、PFSである。PFSはPayment By Results Contracting(PbR)とSocial Impact Financing(SIF)の組み合わせである。PbRは、政府がデータを追跡して事業評価を行い、成果があった際に支払いを行う仕組みである。しかし、この手法では、成果の評価が長期に渡る事業の場合、その期間の事業資金が確保できないため、事業のスケールアップが難しい。さらに、事業が失敗に終わった場合は資金回収が困難になってしまう。そこで、キャッシュフローのリスクを解決するのが民間資金を巻き込むSIFの形態であり、SIBは、この二つを組み合わせた仕組みの一つである。

 SIBの主要な関係者は行政、資金提供者、事業者 、評価者の四者である。まず、行政が主要な関係者に対してPFS契約を締結し、導入を主導する。そして、資金提供者が事業者に対して先行投資を行う。事業者は、ターゲットにサービスを提供し、その事業に対する成果を評価者が評価し、事業の成果に対してどれくらいの支払いが妥当なのかを計測する。この評価をもって、行政は事業が成功した時にだけ、資金提供者に資金提供額と利子を払い戻す。

SIBを行う意義

 SIBはそれぞれの関係者にメリットがある。行政にとっては成果達成時のみ事業への支払いを行うため、税金を無駄遣いせずに済む。一方で、資金提供者(特に慈善家)にとっては新しい慈善活動の道であり、彼らの資産をより持続的かつ効率的に使うことに繋がる。事業者にとっては調達する資金の使い道が限定されないので、イノベーションに挑戦できる。そして、評価者にとっても厳密な評価などの新たなノウハウの蓄積に繋がり、そのデータを事業の持続的な発展につなげることができる。加えて、SIBがとても興味深いのは、社会の仕組みそのものを変化させる可能性があることである。

社会の仕組み自体を変化させるSIB

 アメリカのSIBの軌跡は、バッテリー式電気自動車を開発製造・販売するテスラモーターズになぞらえて説明できる。テスラは最初大衆車を製造するつもりだった。しかし、技術が未発達であったことに加え、大衆の志向も異なっていたことから、13年前はバッテリー式電気自動車が大衆に認められることはなかった。そこでテスラが作ったのは、スポーツカー(モデル1.0)である。スポーツカーとしての機能を充実させると同時に、大衆の志向に合わせて改良した。さらにこれらを実用的なものに進化させ、現在では大衆向けと呼べるモデル3.0が登場した。

PFSは、テスラと似たストーリーをたどっている。最初はスポーツカーとして1.0が始まり、アメリカでは現在モデル2.0に取り組んでおり、さらに将来的には大衆向けとしてのモデル3.0を目指している。つまり、関係者が「欲しくなる」ように変化を遂げ、さらにより多くのPFSが生み出されるよう、スケールアウトを目指している最中なのである。つまりこれは、「電気自動車が当たり前の社会」を目指すのと同様に、「成果連動にするのが当たり前の社会」を目指すことを意味する。

PFS2.0の必要性

 2011年から行われてきた全てのSIBをみると、一つの問題があるとわかる。それは、行政の支払う膨大な金額に比べ、SIBの占める割合が非常に小さいということである。このような試みが世界中に導入されスケールさせるために、PFS2.0を目指す必要性がある。

 PFS1.0では新たな資金を投入し、予防的な取り組みを行い、コスト削減に注目していた。これは悪いことではないが、対象がコスト削減可能な分野に限定され、全ての行政サービスに活用することが難しい。そこで、PFS2.0では、既存の資金を活用すること、予防的なサービスだけではなく対処的なサービスにも対象を広げること、さらにコスト削減ではなくコスト効率化を目指すこと、が重要となる。つまり、既存事業と同等の金額で、より高い成果を実現することが目標となる。

 PFS1.0からPFS2.0に移行するには、3つの戦略が重要となる。

一つ目は、新しい財務スキームを導入すること、2つ目は、行政による前払いが行われても成果連動にできる仕組みを適用すること、3つ目は、モニタリング、評価をより安く実施するための基盤を整えることである。

 既存資金の活用をしてSIBを実施するための一つの方法には、保険の仕組みを活用することがあげられる。まず、行政が、事業者に通常通り固定報酬で支払いを行う。この固定報酬にはいわるゆる保険料が含まれる。次に、資金提供者が、事業の成果目標が達成しない場合に保険金を支払う仕組みを整える。その後、SIBと同様に成果指標に対して評価やモニタリングを行い、最後に成果未達の場合のみ、資金提供者から保険金が行政に支払われる、という仕組みである。この仕組みは、成果達成の場合は行政が支払いを行い、未達の場合には払い戻しされるので、最終的にはSIBと同等の形となるが、SIBに加えて複数のメリットがある。一つは、行政から既存資金による支払が行われているプロジェクトに対してPFSの仕組みを適用しやすくなること、二つ目は、おそらくより安価になること、三つ目はより多くの領域に対して適用できることである。現在、イリノイ州でこの仕組みを試しており、来年本格導入を目指している。

 この保険型SIBは、行政による従来の固定報酬型業務委託方式を成果連動型に変更していく上で重要な仕組みとなる。また、行政による前払いを可能にする仕組みとして行政が一部固定報酬で支払う部分的なSIBや、成果に応じたボーナス支払いのあるPbRといったやり方もある。こうした取り組みはPbR契約をより簡潔にし、現状より多くのプロジェクトにPFSを適用可能にすることを期待している。

 最後の施策はデータ基盤構築である。スタンフォード大学と連携することでデータ基盤構築をした事例がある。若者就労支援分野では、データが各行政に点在し、統合されていないという課題があり、提供するプログラムが本当に若者就労に役立っているかを評価することができない。そこで、スタンフォード大学がホワイトハウスと連携することで、州レベルの税金データと、地方に点在するデータを結び付け、どの対象者がどれくらいの期間プログラムに参加し、就労に結び付いたか等の分析に取組んでいる。

PFS3.0に移行するには

 さらにPFS3.0に移行するためには、データの統合と整理、活用が重要である。今後は成果指標と測定データが蓄積され、これらの成果に関するデータが適時に事業者による対象者の抽出やサービス改善のために使用され、さらに資金提供者が資金投入すべき領域の特定などに活用可能になることが望まれる。例えば米国のホームレス支援事業では、データ基盤を構築したことにより、あるホームレスが住居に住み、医療緊急サービス利用の減少が確認できただけでなく、リアルタイムのモニタリングを可能にし、対象者が何を求めていて、どんなサービスが必要なのかがわかるようになったという。さらにこのデータ基盤を使って、メンタルヘルス領域のプロジェクトが新たに始まっている。

 現在、PFSは米国の多様な州で拡大し、6年間で、州レベルだけでなく連邦政府でも取り組みが始まっている。米国でも多くの挑戦があるが、PFSはそれぞれ国でそれぞれの挑戦があるはずである。互いに学び合いながら、“Peformance-Driven Social Sector”を進めていきたい。

日本で思うこと、すべきこと

 3つの施策、ケビン氏の唱えたPFS2.0モデルのアイディアは、我々が推進する「行政サービスを成果志向に変えていく」取組みにおいても、2つの大きな洞察をもたらしてくれた。1つは、行政にとっての複数のオプションを考え直すことの重要性、もう一つは、日本独自のモデルを考えることの重要性である。

2010年に英国でSIBが始まってから、日本は手段の一つである「SIBありき」で行政との議論が行われることも多かった。しかし、改めて「成果志向」という目的に着目すれば、行政にとって選択できる手法は複数ある。特にSIBは「民間資金を巻き込む=民間から資金をもらえる」といった誤解を招きやすかった。行政はSIBにせよPFSにせよ、予算は確保しなくてはならない。ここで重要なのは、こうした手法を活用することで、従来の固定報酬型業務委託契約では実現できていない「行政サービスの質が可視化され、より質を向上させる」ことが可能になることである。まさに教科書どおりの「SIB1.0」で走り続けてきた日本の文脈であるが、行政が取組むハードルを下げることと成果志向になることは、相反しないのである。 「行政サービスを成果志向にする」という大目的において、行政の動機や各領域の特性などを踏まえて、複数のオプションが提示された上で、どのオプションが「最も住民にとって質の高いサービスとなるのか」を共に考え、選択できるようになることが求められている。

加えてもう一つの重要なポイントとして、日本は英米と異なり、案件形成等の間接コストに利用できる政府主導の資金が少ないことや、大口の篤志家や資金提供者が比較的少ないことからも、今後日本で行政サービスを成果志向にしていくためには、日本の文化や制度に沿ったPFS2.0、PFS3.0を改めて設定することが必要である。ケビン氏の基調講演にあったような保険型SIBや、ボーナスペイメント方式は実際に日本の行政機関にとっても、SIBと比較して取り組みやすい印象を受けるが、日本には日本の文化背景や資金の流れ方がある、ということを踏まえて改めて考える必要がある。再びテスラに戻れば、欧米向け市場にとってテスラのモデルは多くのカスタマーを巻き込むモデルになったと考えられるが、日本においてはまた状況が違う(例えば大きすぎる、と筆者は思う笑)。ケビン氏の冒頭にあったような民間資金に比較して膨大な資金が投入されている行政サービスを成果志向にしていくためには、改めて日本の文化背景、資金の流れ等をよく整理した上で、日本独自の成果志向型行政サービス契約モデルを複数構築していくことが重要と考える。PFS3.0のところで取り上げられたデータ統合の話については、日本でも当然のことながら求められている。しかし、行政に蓄積されてきたデータは多くがサイロ化されている等、統合・活用が課題となっている。プライバシーに対する考え方も厳しい。日本の場合にはデータの統合、分析だけでなく、どう収集していくかについてやるべきことが多くある。

 質疑応答でも指標測定手法から行政機関のメンタリティに関することまで、幅広い議論があり、それらを含めて、我々が今後実施すべき点を改めて以下3つにまとめた。

①SIBを含めたより包括的な枠組みの「成果志向型契約(仮)」の表現を用いる

  • SIBは「行政サービスを成果志向にする」ためのツールの一つである。目的に沿って、民間資金を活用するSIBと活用しないPbR、保険型SIB、ボーナスペイメント方式等様々な選択肢を包括して表現できる「成果志向型契約(仮)」という用語を活用する。実際にSIBという言葉が招く誤解も多々あることを考えると、より意義にあった、シンプルな表現が望まれる。

②「日本型」成果志向型契約の整理・推進

  • ボーナスペイメント方式や保険型SIB等だけでなく、日本の文脈に沿った複数の成果志向型契約のオプションについて、行政と議論しながら実現可能性を整理し、関心のある行政と実証事業などを行いながら導入へ向けた取組みを本格化する。過去、日本型SIBを検討すべきという議論もあったが、SIBという言葉にとらわれず成果志向型契約の手法を 検討することがその解の一つになると考える。

③データ収集のインフラの整備

  • 個々の成果志向型契約案件の中でデータを収集するだけでなく、そのデータを蓄積すること、また加えて、各領域におけるデータ収集方法、それを可能にする基盤構築に行政やデータ保有事業者等を巻き込みながら取り組む。

英米の後追いで始まった文脈が強いSIBではあるが、背景が異なる中で、日本がやるべきこと、日本でできることは少なからず異なると思う。神戸市や八王子市の本格導入がPFS1.0で始まったとすれば、次のPFS2.0、PFS3.0に向けて我々が取り組むべきことは、まさにケビン氏の言うように世界各国で互いに学び合いながら我々自身が考えていかなければならない。

 ※イベントレポート(後編)へ

(文:ケイスリー株式会社 落合千華)