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経産省と厚労省による「SIBセミナー」イベントレポート

2018年3月16日

 2018年2月22日(木)、経済産業省主催、厚生労働省共催による「SIBセミナー」が開催された。本セミナーは、官民連携による新たな社会的課題の解決手法として注目されている「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」の普及に向けて盛り上がりを見せる政府各省から現状の取組みを第1部で報告し、第2部では、日本で初めてSIBを本格導入した神戸市及び八王子市を事例に、その案件形成の当事者たち(自治体、事業者、中間支援組織)がパネリストとして集合し、導入による成果や、今後の普及に向けた教訓、課題が具体的に話し合われた。

 

 本レポートはセミナーにおける議論の要約とともに、弊社の考えを記したものである。なお、ケイスリー株式会社は、株式会社日本総合研究所と共同で事務局を務めるとともに、八王子市SIB導入を支援した代表の幸地がパネリストとして登壇した。

開催概要

  • 日時:2018年2月22日(木) 13:30 - 16:00
  • 場所:日本財団ビル 2階大会議室 (東京都港区赤坂1-2-2)
  • 主催:経済産業省
  • 共催:厚生労働省
  • 事務局:株式会社日本総合研究所、ケイスリー株式会社

プログラム

  • 13:30 挨拶
    西川 和見氏(経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課長)
     
  • 13:35 - 14:30 第1部「中央省庁におけるSIBに関する動向」
    岡崎 慎一郎氏(経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課 課長補佐)
    野崎 伸一氏(厚生労働省政策統括官社会保障担当参事官室 政策企画官)
    関口 新太郎氏(法務省大臣官房秘書課再犯防止推進室長)
    赤阪 晋介氏(総務省情報流通行政局情報流通振興課 企画官)
    後藤 靖博氏(内閣府地方創生推進事務局 参事官補佐)
     
  • 14:40 – 15:50 第2部パネルディスカッション
    地方公共団体及びサービス提供者におけるSIB導入の意義と、SIB事業化のポイントについて
    石川 直美氏(株式会社日本総合研究所リサーチコンサルティング部門 プリンシパル)※モデレーター
    北尾 大輔氏(神戸市企画調整局政策調査課 担当係⾧)
    新藤 健氏(八王子市医療保険部成人健診課 主査)
    福吉 潤氏(株式会社キャンサースキャン 代表取締役)
    藤田 滋氏(公益財団法人日本財団経営企画部ソーシャルイノベーション推進チーム)
    幸地 正樹氏(ケイスリー株式会社 代表取締役)
     
  • 15:50 - 16:00 質疑応答

(弊社撮影)

第1部 中央省庁におけるSIBに関する動向

 第1部では、既に実証事業や事業化支援を通じてSIBを推進している経済産業省及び厚生労働省に加え、SIB活用を検討している法務省・総務省・内閣府より、取組みの状況や今後の方向性が報告された。現在、中央政府でも幅広い省庁にわたり「SIB」というツールを活用した新たな取組みが検討・実践されている状況と、それへの期待の高さが伺えた。各登壇者の発表主旨は以下の通りである。

岡崎氏(経済産業省)

  • SIBとは、社会課題の解決を目的に民間資金を導入し、支払いにあたっては(アウトプットではなく)アウトカムの成果指標に基づいて支払いをするところに特徴がある。行政の事業の一部を民間委託することで、行政コストの削減が期待でき、その削減効果の一部を投資家に還元する。欧米での利活用が進んでいる。
  • 現在、経済産業省は、自治体での導入を推進している。自治体にとっての意義は主に2つ。(1)通常、自治体の予算は大部分が固定経費で、自由に使える政策経費は限られている。しかし、SIBによって、わずかな政策経費を使うことなく、固定経費で新たな手法を検証することが可能となる。また、リスクを民間に移転する(成果が出なければ支払わなくてよい)ことで、「課題は分かっているが、有効な解決策が分からない」という分野で実験的な取組みを実施しやすくなる。(2)成果指標を設定することが高い成果を求めるインセンティブとなり、「成果を追う」という考えの普及につながる。また、成果が分かりにくかった事業において、成果が可視化され、説明しやすくなる。
  • 経済産業省は、平成27年度からSIBの検討を始め、平成28年度に八王子市と神戸市でのSIB導入を支援した。今後、SIBの考え方を普及していくこと、案件を組成していくことが大事だと考えている。
  • 神戸市と八王子の案件形成の過程で様々なノウハウが蓄積されてきた。これらを他の自治体と共有することが大事だと考え、ノウハウ集を作成した。今後もアップデートしていきたい。
  • 2つの案件を通じた気づきの一つに、事業の便益は市町村だけではなく県にも及ぶことがある。そのため、県を巻き込んだ広域モデルを作ることが必要と考え、広島県で、平成30年度の開始をめざす案件形成を支援している。今後は、この広域連携モデルを広げていきたい。
  • 今後取り組んでいきたいことは2つ。1つは、八王子市や神戸市の事例の横展開や、新たな領域、介護予防や認知症予防など深刻な課題がある分野での事例創出など、実際の案件を作ることで、自治体、事業者及び資金提供者に普及させていくこと。もう1つは、汎用性のあるロジックモデルや成果指標の検討である。

野崎氏(厚生労働省)

  • 保健福祉分野の事業は、国が一律でサービス提供を行うために、国→自治体→事業者というトップダウンな形式になりがちであり、地域や民間による新しい手法や、結果が出にくい事業への対策、予防的な事業への取組みが進まず、結果として多くの経費が発生するという構造がある。そのような中で、SIBは、民間の創意工夫を後押しし、新しい取組みを推進するのに有効な手段と言える。
  • 社会背景の観点からも、地方での人口減少が進行する中で、これまでのように「足りなければ新しい制度を作る」というアプローチではなく、「今ある資源をどうつなぎ合わせて社会的価値を生むか、人の暮らしを支えられるか」という視点が大事になる。モデル事業はその観点で考えた。
  • SIBと社会的インパクト評価の支援事業を実施したが、そこに異なる分野の事業が含まれていたことから、2つの違いが見えてきた。SIBの本格導入が行われたようなヘルスケアの領域では、その対象者にどのような変化が起こるかを見る。原因と結果は、いわば線形のロジックモデルを描く。一方で、社会的インパクト評価の対象事業となっていた地域活性化の取組みは、個人の変化にもつながるが、社会の変化にもつながり、アウトカム同士が互いに影響し合うような複雑系(非線形)のロジックモデルとなる。また、当初は想定していなかったアウトカムが後から発見される。そのため、こうした非線形の事業では、資金の出し手と受け手の合意を超えて、どこまで社会的インパクトを測定するのか、また、その科学的正しさをどの程度求めるかの設計がより難しくなる。
  • しかし、社会的インパクト評価を実施してその意義を実感できたことで、コミュニティファンドを作って市民からお金を集め、地域づくりに使うような取り組みがでてきている。さらにそれを成果報酬型に変える、という動きも生まれている。
  • 今後、厚生労働省としては、社会に還元できるような成果指標やロジックモデルを作っていきたい。

関口氏(法務省)

  • 法務省においては、重要政策の一つに再犯防止があり、そこでSIBの活用できないかという観点で検討を始めている。欧米では再犯率低下のためにSIBが用いられた事例が複数ある。日本では、近年、出所後2年以内の再入率は低下傾向にあるが、平成33年までに16%以下にすることを目標としている。
  • 再犯者の多くは高齢者や無職、十分な教育を受けていない等、社会で安定した生活を送るための支援を必要としている人が多く、福祉や教育サービスの提供が再犯防止につながると考えている。こうしたサービス提供者を自治体がネットワーク化し、刑務所を所管する国からの情報を基に、各都道府県に配置されたコーディネーターがネットワークから適切なサービスを出所者に提供する。このようなネットワークの構築・発動のモデル事業をどこかの自治体と導入したいと考えている。

赤阪氏(総務省)

  • 総務省は、情報通信事業を担当しており、IoTやAIの利活用を進めることがミッションである。その中で、オープンデータ活用の推進に当たって、SIB導入の可能性を検討している。
  • オープンデータの活用は官民データ活用基本法が成立し、平成32年度までの地方公共団体オープンデータ取組率100%の目標を掲げているのに対し、地方公共団体の取り組み状況は、まだ17%程度に過ぎず(平成27年12月時点)、取組みの促進が大きな課題となっている。
  • 取組みが進まない理由を調査したところ、一番は「メリット・効果が不明確」だった。そのため、メリット・効果が伝わるような事例を作る必要があると考え、その事例形成においてSIBによる資金調達が組み合わせられないかと考えている。
  • モデル事業としては「小児科オンライン」(オンラインで、自宅から小児科を専門とする医師にリアルタイムで医療相談を行うことができるサービス)を検討中である。地方公共団体にとっては、不要不急の救急車の発動が減るなど、医療費削減が期待できる。さらにオープンデータを組み合わせることで、医師がより多くの情報にアクセスでき、より的確なアドバイスを提供できるようになる、事業評価(乳幼児の救急車の発動が減少したか?医療費はどれだけ削減されたか?など)がより正確になる、などの効果が期待される。

後藤氏(内閣府)

  • 内閣府は、平成28年度から、自治体の自主的・主体的な取組で、先駆的なものを支援するための新型交付金「地方創生推進交付金」を創設し、1,000億円の予算を確保している。自治体には、事業評価のための客観的かつ定量的な成果指標(KPI)の設定とPDCAサイクルを組み込むことを求めている。また、すぐに結果がでない取組みも支援できるよう、最長5ヵ年の支援を可能としている。さらに、KPIを達成できなかった場合にも、要因の分析、改善提案を行うことで支援の継続を可能にするなど、自治体による先駆性のある取組みを後押しできる仕組みとなっている。こうした制度を、SIB導入など自治体の新たな取組みに活用いただきたい。

 日本の社会課題には、有効な解決策を必要としながら、その検証・発見に向けた取り組みが進んでいないもの、成果が出ているかどうかわからない状態で事業が実施され続けているもの等がある。そのような状況に対し、SIBは、行政に集中していたリスクを資金提供者や事業者と分け合い、成果にこだわる仕組みを作り出すことで、課題解決のイノベーションを推進する有効なツールとなり得る。このイノベーション推進のための「ツール」は、今年度より初めて本格的に導入されたヘルスケア分野に留まらず、より広い分野で応用することが可能である。今回発表された各省庁における取組みについても、SIBというツールを通して、省庁の垣根を超えた連携が行われることで、社会課題解決が加速することを期待したい。

 

 一方、SIBはあくまでツールであるため、本来の目的である行政サービスの質の向上のために、改めて何が重要か、どのような方策があるのかを考えた上で、適切な選択肢をとることが必要である。経済産業省と厚生労働省の共催かつ、5つの中央省庁が連携してSIBに関する取組みを報告するという今後の潮流に繋がる象徴的なイベントであったからこそ、SIBありきではない、今後より一層地に足のついた議論が求められる。

第2部 パネルディスカッション

 第2部では、経済産業省の支援により、日本で初めてのSIB本格導入事例となった神戸市「糖尿病性腎症重症化予防事業」及び八王子市「大腸がん検診・精密検査受診率向上事業」に関わった、自治体、事業者、中間支援の担当者がパネリストとして登壇した。それぞれの立場から見たSIBの意義、そして導入の過程における苦労や学びの共有を通じて、今後の普及に向けた具体的な課題が浮き彫りとなった。

自治体・事業者はなぜSIBを導入し、SIBで何が変わったか?

北尾氏(神戸市)

「神戸市ではもともと医療産業に力を入れていたこと、公民連携の窓口を設けていたことから、経済産業省と日本総合研究所から声がかかり、SIBの検討が始まった。腎症のステージは、第4期から第5期に移行すると透析が必要になることで、医療費が急増し、患者の生活の質も著しく低下するため、これを課題と捉えていた。また、糖尿病へのアドバイスに特化した事業者がいることもわかった。事業者(ベンチャー企業)にとって、複数年度で成果連動型委託契約を行うのが(資金繰りの観点から)困難であったため、SIB導入を選択した。

 SIB導入後、当初100名の実施予定のプログラムに300名超の応募があり、110名で事業を開始した。現在、109名が継続して保健指導プログラムを受けている。プログラムは2018年3月まで継続し、その後の2ヵ年で検証する。成果指標は、(1)プログラム修了率、(2)生活習慣の改善、(3)腎機能の低下抑制 の3つ。プログラム参加者からは『細やか指導があり、モチベーションアップにつながっている』など前向きな声が聞かれ、このまま脱落者が出ずに続いていくのではないかと感じている。」

【神戸市事業における評価の対象】

(一般社団法人社会的投資推進財団配布資料より)

新藤氏(八王子市)

「がん検診事業は、科学的根拠に基づいた質の高いサービスを実施することで効果が出るとされている。もともと、がん検診の受診に結びつける取組みは平成22年度からキャンサースキャンへの委託事業として実施しており、成果を出してきたと自負があったが、アウトカム指標を可視化していなかった。SIB導入の意義は2つ感じており、一つは事業の成果を可視化できること、もう一つは成果連動型で支払えることである。本事業では前年度のがん検診未受診者に対象を絞り、(これまで実施している事業に加えて)追加で事業を行うことになるため、これ以上税金を使うことは困難という状況もあった。」

【八王子市事業において期待される便益】

福吉氏(八王子案件の事業者)

「SIB導入の影響は、成果連動になることで事業者にとってのインセンティブが向上することにある。事業者としては、『早期がんを11人発見する』というオーダーを受け、それが達成されれば976万円が支払われる。その経済的なインセンティブもあるが、それ以上に大きいのは、仕様発注ではなく、成果発注であること。成果に向けたプロセスを任されることで、プロとしてのやる気が湧いてくる。また、経済的リスクは、理論上は資金提供者が取ることになるが、成果がでなければ二度とその資金提供者からの資金提供は期待できない。その意味で事業者もリスクを負っている。リスクを負っているからこそ、『やらされている』のではなく、成果達成に向けて自ら新しい提案を出す意欲につながる。」

導入に至った最大のポイントは何だったか?

藤田氏(神戸市案件の中間支援者)

「平成28年10月から検討を始め、4カ月ほど相談を重ねた。そこから半年間ほど契約の内容を詰めて、夏頃に開始に至った。その中でも、事業設計の4カ月間は、月1~2回の神戸市と検討する度に正解のない課題が次々と出てくる、かなり大変な時期だった。しかし、それでも乗り越えられてきたのは、関係者によるところが大きかった。

 神戸市の場合、検討に参加したのは、保健指導の担当課と政策調整課(企画系)。担当課は、『なぜ従来の委託業務ではダメなのか』とSIB導入に積極的ではなかった。それを、政策調整課が『行政として成果連動にすることが重要』という観点から議論を進めてくれた。その後、予算要求、契約と進む中で、財政課、計画課と、関わる部署が増えていったが、政策調整課が窓口となり、前向きに関係部署の巻き込みを進めてくれたことが導入成功のポイントとなった。

 行政にアプローチする際、これまでボトム(担当課)や、トップ(首長等)からでは上手くいかないことが多かったが、今回、ミドル(企画系)にアプローチすることでキーパーソンに繋がり、前に進めることができた。」

幸地氏(八王子市案件の中間支援者)

「藤田氏の指摘する通り『どういう人を巻き込むか?』は最も重要。別のポイントを上げるならば、先ほど『成果発注が事業者にとってインセンティブになる』という話があったが、その成果を何にするか、どの水準にするか、いくらにするか、を決めるのが最も大変で時間がかかった。行政コストにどの程度影響するのか、どのくらい予算とれるのか等を検証しながら合意形成していく。

 行政と事業者の間の調整も必要。事業者にとっては、高すぎる目標設定は現実的ではない一方、行政にとっては、ある程度の値を上回らなければ便益が出ない。そこをデータに基づいて対話しながら擦り合わせていく。毎回、喧々諤々の議論をしながらも前に進めたのは、関係者が自分事としてコミットしていたからだ。事業者任せでも、自治体の目標だからという姿勢でも、上手くいかない。関係者全員が『どうしたら成果が出るか』を第一に考えていた。

 また、あと一歩で合意形成、という時に必ず出るのは『なぜ追加コストをかけてまでSIBにするのか?従来の委託業務ではダメなのか?』という意見。対話を重ねて関係者の納得を得ながら進めていく。結局、一番それが重要で早く進めるためのポイントとなった。」

導入に当たって何に苦労し、どのように解決したか?

北尾氏

「SIB導入には、各方面での調整が必要だった。医師会や審議会など、関係先への丁寧な説明。中でも一番時間がかかったのは、財政当局との調整など、予算化のための内部での合意形成だった。『従来の委託業務とどう違うのか?』という意見は必ず出る。最初は、行政コスト削減という点を強調していたが、調整を進める中で、成果連動型にし、第三者の評価を入れることで、質の高い事業ができる、そうしたやり方が今後大事になる、という観点にシフトしていった。最終的には、『客観的データに基づいて質の高い事業を進める、ということをやってみよう』というトップの声で導入が決まった。もし公募にしていたら、もっと安いところがあったかもしれないが、成果連動にすることで手厚いサービスが提供されているし、実際に保健指導プログラムからの脱落者も少なくなっている。行政コスト削減の効果については引き続き検証が必要。」

新藤氏

「予算についてはそれほど苦労しなかった。がん検診にかける予算の中で『成果報酬という手法に変える(成果が出なければ支出が減る)』という説明をした。財務課にも当初から検討に入ってもらったことも一因であると考える。しかし、今回のような様々な条件を含んだ契約を事業者と1対1で結んだ経験がなかったため、契約書作成には苦労した。また、プロセスは事業者に任せるとはいえ、発注者として成果を出すため一緒に練り上げていくところも苦労があった。現在は、どれだけ成果が出たかの情報を集めている段階だが、成果が出ている感触は得ている。通常の介入と比較した効果は今後の検証事項である。」

今後、SIBを普及させるために必要な取組みとは?

藤田氏

「今回、テーラーメイドでの案件組成にかなりの時間がかかったことから、普及に向けては標準化が必要だと思う。それに加え、国レベルで対応を考えて頂きたい部分が増えてくるだろう。現在のSIB事業は、成果が出た場合に支払いをするのは自治体のみ。しかし多くの場合、国も便益を享受しており、自治体だけが支払いをする形態は望ましくない。現在、県との広域連携事業が進んでいるが、これを国レベルに広げることを検討いただきたい。イギリスでは、このような考えから『アウトカムファンド』と呼ばれるものがある。アメリカでもPay for Success(アメリカのSIBを含む成果報酬型契約の名称)のためのファンドが100億円規模で導入された。このような『アウトカムファンド』に相当する仕組みが日本にもあると、自治体の予算制約によるボトルネックが解消されるのではないか。」

幸地氏

「案件形成に時間も費用もかかる。これをどう効率化するかが普及のポイント。既に組成した案件をパッケージ化して横展開していくことも重要だ。例えば、私が現在進めている広島県のSIB導入では、県と市町村が連携する広域モデルであり、八王子市のがん検診受診率向上モデルを県単位に広げて横展開しようとしている。また、成果に関する価格表を整備することで効率化する方法が考えられる。自治体が早期がん1人発見するための単価を提示し、それより低価で実現できるプログラムを提案してもらう、など。こうした『成果単価』を事業ごとに出し、それより効率的なものがあれば実施する、という流れができれば案件形成も効率化していく。一方、価格表による公募には、達成しやすいターゲットに介入が集中するなどの弊害を起こすリスクもあり、注意が必要。先行している海外事例から学び、弊害を防ぐような価格表を作っていく必要がある。」

福吉氏

「2つ提言がある。1つは、価格表、契約書、仕様書のひな型を作ること。これらの作成に大変苦労したため、経済産業省ホームページからダウンロードして使えたりすると省力化できる。もう1つは、SIBに適した事業の一覧を示すこと。SIBには適した事業と適さない事業があると考える。例えば、新しく成果指標のデータを取る必要があるものより、既にデータがあり、その数値が伸び悩んでいる等の問題が見えている分野が向いている、など。がん検診や早期発見のデータは、もともと自治体が年1回報告しておりデータがあった。このような推進分野の提示も普及に向けて有効なのではないか。」

(弊社撮影)

 SIBは、「民間資金を公的事業に導入するための金融スキーム」と捉えられることもある。しかし、今回SIB導入にあたった当事者の議論から見えたSIBによる本質的な効果は、民間の創意工夫を最大限に活かすことによる、効率的で質の高い公共サービスの実現にある。2つの日本初の導入事例では、そうしたSIBの特徴である成果指標の設定、成果の可視化によって、セクターや部門など従来の枠組みを超えた関係者が協働することで、より迅速に「成果」達成に向かうことができると示唆された。

 今後、官民連携による効果的で効率的な社会課題解決に向け、この仕掛けが多様な分野に活用されるには、案件規模の拡大や、組成・導入コストをいかに低減できるかが重要な鍵を握る。地域や分野などのそれぞれに異なる文脈は維持しながら、契約形態や指標の汎用性・共通性を高めていくことが次のチャレンジとなるだろう。今回、具体的に提言のあった価格表の整備、契約書類のひな型化、推進分野の特定など、神戸市・八王子のモデル事業での教訓を活かして、SIB普及に向けた環境整備、制度整備に我々も取り組みたい。

(ケイスリー株式会社 今尾江美子)

【SIBセミナー動画】※経済産業省公式チャンネル「metichannel」より

【本件に関する問い合わせ先】

社名:ケイスリー株式会社

担当:幸地正樹

メールアドレス:info@k-three.org