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「八王子市SIB中間成果報告会」レポート

2018年3月28日

 2018年3月27日、日本初のソーシャル・インパクト・ボンド(以下、SIB)を導入した八王子市の大腸がん検診受診勧奨事業の中間成果報告会が、東京・溜池山王の日本財団ビルにて開催された。

 当該事業は、大腸がんの早期発見者数を増加させ、大腸がんによる死亡者数の減少を目的としている。SIBは、社会課題解決に向けた事業に対する民間からの資金調達と、行政による成果報酬型支払いを組合せた新しい仕組みだ。

 冒頭、一般財団法人社会的投資推進財団の常務理事である工藤七子氏の挨拶で開会した。「ボンドという言葉から資金の流れ自体に注目しがちだが、成果連動の仕組み、つまり、事業を実施した結果生じる変化に対して資金が支払われるという仕組みこそが重要」、また「SIBはイノベーション発掘のためだけでなく、既存の事業に対する効果的な公的資金投入が可能になるという意義もある」と、SIBの意義を語った。

 次に、中間支援組織として本事業の案件組成を取りまとめたケイスリー株式会社から、代表取締役の幸地正樹氏が登壇し、本事業の概要を説明した。

 SIBは、「事業を行った」というアウトプットではなく、「事業によって成果を上げた」というアウトカムが評価され、行政から報酬が支払われる。本事業の場合、成果指標として何が設定されているのか。幸地氏によれば、①がん検診受診率、②精密検査受診率、③早期がん発見数の3つを成果指標として設定し、今回報告するのは、①がん検診受診率に関する報告である。その他、実際にSIB導入によって何が変わったか、想定と異なるギャップや直面した課題などの共有も本報告会の目的となっている。中間成果として、がん検診受診率は速報値であるものの良好な結果となっており、今年8月に成果の確定後、資金提供者への支払いも行われる見込みが高い。

 では、実際に大腸がん検診受診勧奨事業を行ったサービス提供者は、本事業について何を思うのか。株式会社キャンサースキャンの代表取締役である福吉潤氏が登壇した。

 福吉氏は、「大腸がん検診の受診率を上げるには、個人のリスクに応じて受診勧奨を行うことが必要と考えた。研究によれば、喫煙や飲酒、肥満は大腸がんリスクを上げ、運動はリスクを下げる。こういった自分の生活習慣と大腸がんのリスク要因を、個人別に通知していく」と説明した。オーダーメイドの通知によって、自らが項目をチェックしてリスクを把握する一律の勧奨ハガキよりも心に響く仕組みだ。当然、手間も時間もかかるサービスであるが、「コストをかけてでも、より成果を出せるか(受診率が向上するか)を重視し、革新的なサービスを提供できたことに意義がある」と語った。

 また、共に事業を進めた八王子市成人健診課の主査である新藤健氏が登壇し、なぜ八王子市なのか、彼らの狙いを語った。

 「八王子市では、がん検診や精密検査の実績、また医師会との連携が強く、この事業を行いうる下地が整っており、そこにSIBの話を頂いたのがきっかけだった。八王子市には約56万人の市民がいるが、従来の施策では大腸がん検診を受けてもらえなかった方々に新たなアプローチが出来ること、また受診率向上による医療費の適正化効果を見える化できることも魅力」と語った。スキーム上、仮に事業が失敗した(受診率が向上しなかった)場合には、行政は支払いを行う必要が無いという点も導入のインセンティブとなっている。契約書作成や市民の個人情報の確認など苦労も多かったとしつつも、当初から財務課などの横断的な協力を得たことや、市の既存事業の枠組みで進められたことがスムーズな案件組成につながったと説明した。

 一通り事業の実施報告が終わり、関係者によるパネルディスカッションが開催され、上述の4名に加え資金提供者である株式会社デジサーチアンドアドバタイジング代表取締役の黒越誠治氏、同じく資金提供者である株式会社みずほ銀行法人営業部新規事業推進室参事役の末吉光太郎氏が加わった。

 まずはSIBというスキーム自体について。

 「手法は任せるから成果を出してくれ、と頼まれれば、事業者としては燃えるものがある。成果志向は、より質の高いサービスが生まれる要素になり、社内でも成果を高めようとする意識がこれまで以上に大きくなった」(福吉氏)、「本来の目的であった成果志向になったかという観点からもSIBがそのツールとして有効だということ、また、政策目標と成果指標のすり合わせという新たな課題もわかったが、成果志向という方向性が間違っていないことを改めて気付かせてくれた」(工藤氏)と、成果志向の意義が改めて確認された一方で、組成にかかる種々のコストから「500~1,000万円程の小規模案件でもしっかりと採算の合う、単純化したモデルが必要」(黒越氏)との指摘もあった。

 機関投資家の立場からは、「投資リターンを考えるうえで、課題はSIBの成果指標の蓋然性評価と投資の時価評価」(末吉氏)と課題を示した。一方、個人投資家の立場から、「小規模案件であれば、クラウドファンディングを活用する」(黒越氏)ことで、より柔軟な制度設計が可能と説明した。

 各関係者の目的や考えをいかにまとめるか、SIBの成否のカギは「関係者間での対話を続けること」(幸地氏)と説明した。

 そして、今後のSIBの展開について、「八王子市のように既存事業の枠組みで取り組めれば、SIBの参入障壁を下げられる」(福吉氏)「行政が本来税金を使って果たす役割と、金融商品・投資という行政施策に馴染みづらいイメージをどう刷り合わせていくかが重要」(新藤氏)と、モデルケースとしての経験を語った。また、「プロボノを含め沢山の協力があった。我々の経験を多くの方と共有し、SIBの参入障壁を下げていきたい」(工藤氏)と、今後の展開に意欲を見せた。

 最後に、「SIBは大変だという意見も多い。しかし、実際にやってみることで、SIBによって関係者がより成果志向になり、社会課題解決のスピードが高まることもわかってきた。SIBはあくまでもツールでありこれからも改善は必要であるが、八王子市SIB事業として第一歩を踏み出せたことの意義は大きい」(幸地氏)と語った。

 八王子市におけるSIB事業は、今年8月にがん検診受診率の成果が確定し、資金提供者へ初回の支払いが行われ、残り2つの成果指標については、2019年8月に確定し、成果に応じて最終の支払いが行われる予定である。本報告会及び別途開催された資金提供者向けの報告会にて議論されたSIBのスキーム検討における新たな課題やSIBというツールを導入したことによるメリットやギャップ等をとりまとめ、初回支払が行われたタイミングで改めて報告したい。

(文・写真 ケイスリー株式会社)