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9月5日「SIBシンポジウム」イベントレポート(後編)

~日本初SIB導入関係者によるパネルディスカッション~

2017年12月10日

2017年9月5日に行われたSIBシンポジウムの後半では、八王子市及び神戸市でソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)導入を支援した中間支援組織、八王子市担当者、契約作成に携わった弁護士等SIB導入に直接関わった6名によるパネルディスカッションが行われた。

イベントレポート(前編)はこちら

パネルディスカッション登壇者

  • 伊藤 健氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任講師)※モデレーター

  • 藤田 滋氏(公益財団法人日本財団 経営企画部ソーシャルイノベーション推進チーム)

  • 幸地 正樹氏(ケイスリー株式会社 代表取締役)

  • 八王子市医療保険部成人健診課

  • 木下万暁氏(サウスゲイト法律事務所)

  • Kevin Tan氏(Third Sector Capital Partners Manager)

 2つの事例を通し、いずれにおいても課題となった主に以下の4点について、議論が交わされた。

 

パネルディスカッションの主な論点

  1. 本当に成果報酬型契約で実施する意義があるのか?(従来と同じ固定報酬型契約でよいのでは?)
  2. 成果指標をどのように設計するのか?評価手法は何を採用するのか?
  3. 資金調達はどのように行うのか?投資家に対するリスク・リターン設計は?
  4. 実現可能な契約形態はどのようなものか?法律上のボトルネック等はないのか?

 

本コラムでは、これらの論点に関して、それぞれの立場からの意見を整理してまとめた。

1.本当に成果報酬型契約で実施する意義があるのか?(従来と同じ固定報酬型契約でよいのでは?)

弊社が行政機関の方と案件組成する中で、よく議論になるのは「なぜ成果報酬型契約でなければならないのか、成果が出ることがわかっているのであれば固定報酬型契約でもよいのではないか」という点である。

これに対し、我々は、事業の成果が地域や事業者によってばらつきのある場合は、まず成果報酬型契約を実施していくべきだと伝えている。その後、どのような事業内容であれば一定の成果が見込めるかのノウハウとデータが行政側に蓄積され、誰がやっても一定の成果があると実証された事業内容について、固定報酬型契約に切り替えて実施することが、効果的かつ効率的な政策推進に繋がると考えている。

もちろん、成果報酬型契約は成果有無を検証する必要があること、行政は成果未達時に支払わない権利を有することになり、その手数料を成功報酬として設定することから、通常の固定報酬型契約に比べて一定の追加コストが必要になる。全ての事業が適しているわけではなく、設計にもよるが、成果が不明瞭な事業や小規模事業等、適していない場合もある。

前編でケビンが話していたようにアメリカでは、ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)という医療分野でよく用いられる厳密な評価手法で社会福祉分野の事業を評価した場合、これまで成果が出ているとされた事業の90%が全く成果が出ていないという調査結果がある。「成果が出ることがわかっている事業であれば固定報酬型契約でもよいのでは」という議論における「成果」について、どの事業者がどの地域で実施しても確実に一定の成果が出ると根拠(データ)を持って説明できるのであれば固定報酬型契約が望ましいと考える、そうでない場合、成果報酬型契約を選択肢の一つとして検討すべきである。

成果報酬型支払契約については各関係者間でも多様な意見がある。
神戸市の案件組成を担当した日本財団・藤田氏からは、「どちらの契約形態が良いのかについては、まだ確信が持てていない状況である。ただ、何が違うかと問われれば、中間支援組織としても「成果を出さなければいけない」というプレッシャーが強いため、成果に向かうインセンティブが強く働いている実感がある。成果連動型にすることによって税金や民間の資金の使われ方を変えることが自分たちの想いであるので、広めていきたいとは思っている」という意見が聞かれた。

八王子市担当課からは、「八王子市案件では、『通常の行政サービスでは担えない部分』について成果報酬型契約を実施した。逆にいうと、既に行政がサービスを実施しており、質が担保されている分野(八王子市は全国に比較しても先進的な取り組みを実施している)では実施せず、行政が手を入れづらい分野について成果報酬型契約を実施したことに意義があると考えている。今後は、必ずしもSIBの仕組みではなくても、ここで得たノウハウを活かしてより広くの市民にアプローチしていきたい。」という意見があった。重要なのは、まず成果報酬型契約で実施することで、成果を可視化すること、それを通じてサービスの質の向上を図っていくこと。今後も継続して成果報酬型契約で実施することが目的ではなく、将来的には、設定した成果に応じたサービスの質の向上を確認した上で、同等のサービスを間接コストが高くない状態で実施することが望まれる。

2.成果指標をどのように設計するのか?評価手法は何を採用するのか?

成果指標の設計は、SIBを設計する上で最も重要な論点となる。事業の目指す成果は何か、また、どの成果が達成されれば支払を行うのかを、行政や関係者がエビデンスを活用して合意形成を図る必要がある。基本的には、事業の成果に関するデータの蓄積があることと、そのデータの信頼性の高さが求められる。

支払のトリガーとなる成果指標に関しては、最終支払を担う行政が意思決定者となり、行政が買い取りたい成果指標であることが重要となる。逆に言えば、行政と合意形成するためのエビデンスが蓄積されていることが必要条件となるので、エビデンスの蓄積に乏しい領域では成果報酬型契約の設計が困難な場合がある。その場合、まずパイロット事業等で事業の成果に関するエビデンスを集めた上で検討することや、政策課題として意義を見出すものである場合には設計可能となることもある。
評価手法の設計も支払を決定する要素となるため重要であり、どのような手法であれば、成果を適切に測定できるのかについて関係者間で合意する必要がある。アメリカの案件では厳密な評価手法として知られるRCT(対象者の無作為抽出を行い、介入群と対照群に分けて比較する手法)が採用されている事例もあるが、イギリスの事例ではない。費用と厳密性のバランスを考えた上で、どの手法を採用するか議論が必要となる。
パネルディスカッションでは、特に評価手法の決定方法についての共有があった。神戸市では、「当初は科学的に厳密なRCTを検討したが、厳密性、わかりやすさ、合意可能性の3つを勘案し、結果的には過去の類似データを比較対象とすることで、倫理面・コスト面の課題をクリアした。RCTを検討する際には、費用、介入群と対照群を無作為に抽出することによる倫理的課題に加えて、行政の担当者が理解しづらかったことが懸念点となった。あくまで事業は科学的な研究ではなく行政の事業評価、支払基準のための指標なので、関係者間での合意ができていることが一番大切」との話があった。八王子市の案件組成を担当した弊社幸地からは、「全く同じことを議論した。RCT手法の厳密性が高いことから採用を検討したが、1,000万規模の案件に評価費用を考慮した上でどこまで厳密性を担保する必要があるのか、加えて、限られた資金の中で可能な限りインパクトを最大化することを優先し、ヒストリカルデータとの比較を採用した。規模によるだろうが、今回は評価にお金をかけるのではなく、成果を出す部分に集中して資金投入をすることで合意形成を行った」との共有があった。八王子市担当者からは、「本来、合意形成を得る必要があるのは、プロジェクトの利害関係者というよりも市民・議会だと思う。どれだけ説明が可能か、民間事業者等が推奨するものには客観性がなく、構造的に疑問が残る。八王子市では過去のレセプトデータ等を活用することで合意形成できた」というコメントがあった。
アメリカでの案件組成を数多く担うサードセクターキャピタル(以下、TSC)のケビン氏からは、アメリカも同様の課題があると述べた上で、より簡単に評価できるようにするために、支払の設計と行政評価をまず分けて考えた方が良いこと、その上で厳密性を担保した評価手法を考えるべきだという意見があった。
成果指標や評価手法については、その決定のプロセスにおいて各関係者間で徹底的に議論し、合意形成する必要がある。繰り返しとなるが、最終的には成果を買い取る行政が決定することになる。これは、行政側に案件にコミットする担当者が少なくとも一人いることが必要不可欠でもある。行政の理解とコミットなくして、効果的なSIBの案件組成は不可能だ。

3.資金調達はどのように行うのか?投資家に対するリスク・リターン設計は?

成果報酬型契約の中で、特にSIBに特徴的なのが、民間から資金調達を実施することだ。資金提供者を巻き込むタイミングについては、SIB組成プロセスのうち、SIB契約締結前となるのが通常だが、神戸市と八王子市では資金提供者との関わり方が異なっている。「金融機関と協働することにより、定めた3つの成果指標に対して、それぞれ財団や個人投資家といったリスク・リターンの異なる資金提供者をマッチングできた。厳しい目を持った資金提供者が関わることでプロジェクトの質が上がり、早期に資金提供者を巻き込んで検討していくことが重要だと思う。加えて、特に個人投資家に関しては、金融商品としてリターンを求めて資金提供を行っているわけではなく、あくまでSIBの仕組みに賛同している人、または社会的意義に納得した上で出している人が個人投資家となり得る。」と、日本財団の藤田氏からコメントがあった。
八王子市では、異なるリスク・リターンの考えを持つ資金提供者に対して、どのような成果指標と支払条件を結び付けるかが難しかったとの意見があった。「支払条件を決める際、成果指標毎に達成目標とその達成可能性に関する根拠データが異なるため、リスク・リターンがそれぞれ異なる上に、根拠となるデータを事業者が持っていない(=リスクが高い)場合に、リスク許容度の低い資金提供者では調整が困難となる。資金提供者が実際に資金提供できるかどうかはかなり厳密にみられるため、こうしたデータに応じたリスクの算定について、今後はより丁寧かつ早目に精査する必要がある。」と弊社幸地がコメントした。
「アメリカでは複数の金融機関で異なる優先劣後構造に加え、寄付も活用することで、プロジェクト・ファイナンスを組んでいる」というTSCケビン氏からの意見もあり、元々返ってこない性質の寄付の資金を成果達成により返ってくる投資に活用できるメリットは、今後日本でも考える必要がある(元本0%となる寄付と比較すると戻ってくる可能性がある分寄付よりは良いという考え方)。
SIBの設計においては、支払条件と成果が結びついているので、リスク・リターンをポートフォリオに合わせて検討する必要があり、案件のリスク・リターンに見合った資金提供者を巻き込む必要がある。通常のファイナンススキームと比較して、リスクが高くなる傾向にあるため、リスク許容度の高い資金提供者を巻き込むことも重要な点である。

4.実現可能な契約形態はどのようなものか?法令上のボトルネック等はないのか?

成果報酬型契約の契約形態は一見複雑と思われるが、実際に法令上の障害があるわけではない。弁護士の木下氏は「複数年度契約、また、成果報酬型支払が法令上難しいと言われていたが、どちらもボトルネックはなく、どちらかというと実務上の問題だと思う」と言う。八王子市担当者からは、「複数年度にわたる契約は債務負担行為で行い、これに対しては、検討の当初から契約形態について契約担当課と協議を重ねておりハードルは特になかった」との意見があった。加えて、「市民の健康増進に関わる仕事をしていくという大義名分のもと、契約に成果報酬を明記した。一方で、金融商品という要素が強くなることは望ましくないという考えが行政としてはあった。行政は民間事業者と契約し、民間事業者が民間事業者の判断で資金調達することに行政は関与しない、というスタンスで契約を進めた」と述べた。
法律上の観点から言えば、通常、行政の標準的な契約書には「契約額の50%以上の再委託禁止」に係る条項があるため、契約スキームに再委託契約が必要となる場合には越えなければならないハードルは高いと言える。事業実施の際、SPV(Special Purpose Vehicle)を設置するスキームが一般的であり、組織そのものの倒産リスクと事業を切り分けるためにも重要であるが、先の再委託禁止に触れる可能性が高く、行政の契約相手となるのはハードルが高い。一般的な金融機関は、このような事業と組織の倒産リスクを隔離するための手法を求めることが多く、SPVの設置可否が障害となることも想定される。結果的に八王子市及び神戸市ともにSPVの設置が困難であり、資金提供者との調整が一部難航した。
日本における2つの案件組成を通して緻密にやり取りがされたことで、基本となるモデルができた一方、そのまま他の案件に横展開可能な汎用性の高いモデルではない。再委託禁止の課題や、今後より大規模な案件を扱う可能性をふまえた上で、引き続き多様なストラクチャーを検討していく必要がある。
アメリカでも、契約スキームに関しては同様の課題があり、ケビン氏から契約コスト削減に向けてアプローチに取組んでいるとの補足があった(前編のPFSモデル1.0、2.0、3.0の話はまさにその話である)。「1つの契約形態で2つのプロジェクトを実施することを試したこともあるが、案件形成コストが予想以上にかかり、全体では想定したよりもコスト削減に繋がらなかったこともある。」という事例も共有された。日本においても、より多様な案件組成を可能にするためにも、別途検討を進めている広域連携モデル等多様な手法を試しながら、SIB組成や運営に関するコストを削減していくことは必須である。

最後に

最後に会場からの質問の中で、上記の4点に分類できないものについて補足する。会場から寄せられた質問の中には、「どのような順序で、どんな事業者と案件組成が可能になるのか、また、日本には実施が可能な事業者が存在するのか」というものがあった。
日本財団藤田氏は、「神戸市案件の発案者は日本財団であり、事業者であるDPPヘルスケアパートナーズと共に神戸市に提案へ行ったのが始まり。経済産業省モデル事業として支援を行い、2016年6月頃から検討を始め、月に1回程度、神戸市・日本財団・事業者の三者で事業設計を行い、秋に予算要求を行った。資金提供者は2016年8月頃から関わりはじめ、スキームについての意見交換をしていた。最終的な契約は次年度に入ってから。また、事業者の選定は随意契約であったため、今後の課題である。ある程度行政で支払条件等を固め、自信のある事業者に手を挙げてもらう、という形で実施すれば、新規の事業者を発掘することにもつなげられると考える」と述べた。

弊社幸地は、「八王子市も同様に経済産業省モデル事業として検討を開始し、神戸市と概ね同じスケジュールで検討を進めた。成果が見込める新たなプログラムを事業者と共に作りこんだため、実現可能な事業者が他に存在しないということで今回は随意契約で実施したが、将来的には変わる可能性はある。日本初ということで我々も手探りで進めているところだが、現在、検討を進める他の案件では公募も検討したい。」と述べた。
弊社も全国で多くのSIB案件組成に携わる中で、事業者の発掘には、まだ十分に力を入れられているわけではない。対応できる民間事業者が少ないと考えられるのは、成果に関するエビデンスを蓄積している事業者が日本には少ないからである。一方で、今後、公募案件が増えた場合、新たに事業者を発掘できる可能性はある。実際、SIBの認知が広がる中、関心のある事業者からの問合せは増えている。

今回日本初のSIBとして八王子市・神戸市の案件が組成されることにより、一つのモデルが出来上がったと言える。「前例主義」といわれる日本の自治体においても、検討はこれまで以上に進んでいくと思われる。一方で、SIBを含む成果報酬型契約に必須とされる、行政からの理解及びコミットメントが広く得られているとは言えない状況と感じる。これは、案件組成が進んでいる英米でも課題の一つと捉えられており、その理由には仕組み、成果指標設計等のプロセスが複雑なことに加えて、組成コストが高いことなどがあげられる。今後、より多様な案件で成果報酬型契約を実施していくためには、前編でケビン氏が話したように、SIB1.0モデルだけではなく、2.0、3.0といった、さらに先を見据えた動きが必要だと考える。SIBを含む成果報酬型契約はツールの一つでしかないということを踏まえた上で、より効果的・効率的にそのツールを選択・実施できるよう、整備・改善してくことが我々の使命の一つだと考えている。

ケイスリー株式会社 落合千華)