サイトへ戻る

日本初のSIB導入事例「八王子市」及び「神戸市」の共通点・相違点と課題

2017年12月7日

2017年、日本では初となる本格的なソーシャル・インパクト・ボンド(以下、「SIB」)が八王子市及び神戸市で導入された。八王子市のSIB導入を推進した立場から、プレスリリース等公開された情報に基づくそれぞれの共通点と相違点、そこから見えてくる課題や今後の日本における展望を考察する。

 

まず、それぞれの事例概要を以下に示す。八王子市が「大腸がん検診・精密検査受診勧奨事業」、神戸市が「糖尿病性腎症重症化予防事業」である。

●八王子市SIB概要

  • 上位目標:市民の健康寿命の延伸
  • 対象事業:大腸がん検診・精密検査の受診勧奨事業
  • 事業目的:大腸がん早期発見者数の増加
  • 事業概要
    • 「大腸がん検診」と「精密検査」の受診勧奨を行い、大腸がん検診は八王子市の国保対象者で前年度大腸がん検診未受診者のうち12,000人を対象、精密検査は八王子市の国保対象者で要精密検査となった方全てを対象
    • 対象者の特定健診、がん検診及びレセプトデータ等医療関連情報をAIを活用して分析し、個人の大腸がんリスク要因に応じてオーダーメイドの受診勧奨ハガキを送付
    • 大腸がん検診受診率、精密検査受診率及び早期がん発見者数を成果指標として、成果に応じて八王子市が支払いを行う
  • 資金調達額:9,762千円(八王子市最大支払額) ※うち成果報酬相当額888千円
  • 事業期間:2017年5月~2019年8月
  • 成果指標:大腸がん検診受診率、精密検査受診率、早期がん発見者数
  • 実施体制
    • 行政:八王子市
    • 事業者:キャンサースキャン株式会社
    • 中間支援組織:ケイスリー株式会社
    • 資金提供者:一般社団法人社会的投資推進財団(株式会社みずほ銀行の資金拠出を含む)、株式会社デジサーチアンドアドバタイジング(代表取締役黒越誠治個人を含む)

プレスリリース参照

●神戸市SIB概要

  • 上位目標:市民の健康寿命の延伸
  • 対象事業:糖尿病性腎症重要化予防事業
  • 事業目的:糖尿病性腎症等のステージの進行、人工透析への移行の予防
  • 事業概要
    • 神戸市の国保対象者で、糖尿病リスクの高い方のうち医療機関未受診者および治療中断中の計100人を対象
    • 医療機関の受診勧奨および食事療法等の保健指導を実施、対象者の医療機関への受診および生活習慣の改善を通して、糖尿病性腎症の重症化を予防
    • 保健指導プログラム修了率、生活習慣改善率、腎機能低下抑制率を成果指標として、神戸市が委託料を支払い
  • 資金調達額:24,000千円(予定額)
  • 事業期間:2017年7月~2020年3月
  • 成果指標:保健指導プログラム修了率、生活習慣改善率、腎機能低下抑制率
  • 実施体制
    • 行政:神戸市
    • 事業者:株式会社DPPヘルスパートナーズ
    • 中間支援組織:一般財団法人社会的投資推進財団
    • 資金提供者:株式会社三井住友銀行、一般社団法人社会的投資推進財団、個人投資家(予定)
    • 第三者評価者:公益財団法人未来工学研究所(予定)

プレスリリース参照

●共通点

  1. ヘルスケア領域であること
    八王子市及び神戸市は、経済産業省による平成28年度健康寿命延伸産業創出推進事業において、SIB導入の検討を行った。当該事業の担当部署はヘルスケア産業課であり、ヘルスケア領域においてSIBに適したプログラム、かつ、地方自治体のニーズと合致したものが、それぞれ大腸がん検診受診率向上と糖尿病性腎症重症化予防であった。また、ヘルスケア領域では、SIB導入の検討に必要となるデータが他の領域と比較して整備されていることが、日本初のSIBがヘルスケア領域から始まった要因のひとつである。
     
  2. 複数年度かつ成果連動型の業務委託契約であること
    八王子市及び神戸市の事業期間は、2017年度から2019年度までの3年間であり、国庫債務負担行為によりその予算を確保している。事業の実施結果ではなく、実施結果による対象者への影響・変化(アウトカム)を指標とする場合、事業実施期間と評価期間を合わせた単年度での実施は、現実的に困難であることが多い。アウトカムを評価するためには、適切な評価期間を設定することが求められ、このことについて、行政の理解を得ることが重要である。
  3. 事業者選定方法
    八王子市及び神戸市は、SIB事業における事業者の公募を実施していない。日本初のSIB導入を検討するにあたり、介入プログラムを特定の民間事業者と試行錯誤しながら設計しており、当該事業者以外による実施を想定していなかったことが要因の一つである。これは、成果の見込める確かな根拠を示せる民間事業者候補が他にいなかったことが原因である。一方で、民間事業者候補を十分にリサーチできていない可能性もあり、我々の課題でもある。

●相違点

  1. 第三者評価機関の有無
    神戸市では、公益財団法人未来工学研究所を第三者評価機関として予定しているが、八王子市では実施体制において第三者評価機関を設置していない。SIBは、成果に応じて支払う行政と成果に応じて報酬を得る資金提供者など、関係者間でインセンティブが異なることもあり、第三者が成果指標を客観的に評価することが一般的である。一方、八王子市のSIB事業では、八王子市が評価することを関係者間で合意できたため、第三者評価機関を設置していない。これは世界的にも例が少ないが、2つの理由がある。1つは、事業の成果について、厚生労働省の要綱等に基づき、全国の地方自治体が毎年厚生労働省へ提出するデータを利用することができ、恣意的な運用が行われる可能性が少ないこと。もう1つは、第三者に評価を依頼する費用と事業規模等を考慮した結果である。評価の高い信頼性・透明性を担保することが前提ではあるが、関係者間の合意形成が重要である。
     
  2. 資金提供に係る契約形態
    資金提供に係る契約形態については、両市ともに行政と民間事業者が直接業務委託契約を締結する形をとっており、八王子市が匿名組合出資方式、神戸市が信託方式となっている。海外では、プロジェクトファイナンスの観点から、民間事業者の倒産リスクを隔離するために、SPV(Special Purpose Vehicle:特別目的事業体)を介した資金仲介が多くみられる。日本においてもSPVを介した契約は実現不可能ではないが、現状の行政では再委託制限等の理由から、ハードルが高い。
     
  3. 医療費適正化効果の算出方法
    行政コスト削減効果の算出方法は、SIB導入に係る主な論点の一つである。八王子市では、実際に使用されている市のレセプトデータを分析し、大腸がん検診受診後、早期がんと早期以外のがんの医療費(がん発見後3年間)の差額から、早期がん発見者1人あたりの医療費適正化効果を約187万円と算出した。一方、神戸市については、民間事業者が保有するデータを分析し、腎症ステージ別医療費(例:第5期の場合、1人あたり年間約500万円)を算出している。

●主な課題と今後の展望

上記より、SIB導入に係る主な課題については、下記の2点があげられる。

  1. 事業者選定方法
    より成果を求めるためには、競争環境を構築し、より成果を見込める事業者を公募で選定することが必要である。公募においては、行政が「業務内容」を定義し、業務を実施できる事業者を選定する従来の調達方法ではなく、行政が「成果」を定義し、成果を達成できる業務内容とその根拠(実績等)について事業者から提案をうけ、より成果達成の可能性が高い事業者を選定するという方法が望ましい。調達の前段階の介入プログラムの検討においても、より成果が見込めるプログラムを設計する必要があり、対象領域に対する事業を提供する複数事業者へのヒアリングや国内外の文献のリサーチ等が重要である。もちろん、成果をより高める介入プログラムを検討していくプロセスにおいて、事業者候補が絞り込まれることも考えられる。中間支援組織は、この辺りのバランスを考慮しながら、より成果を高める手法を検討・選択し、案件形成を推進することが求められる。
    2017年度は、ある自治体で公募によるSIB案件形成を進めており、今後の試金石になると考える。
      
  2. 事業規模
    SIB事業実施においては、介入プログラムの事業費以外にも費用が発生する。支払いに紐づく成果を客観的に測定する第三者評価費用の他、資金仲介手続きに係る法務・税務等関連費用、プロジェクトを円滑かつ効果的に推進するためのプロジェクト管理費や成果達成時の報酬などが一般的に必要である。このうち、第三者評価費用や資金仲介手続きに関する費用等は、事業規模によらず一定の費用がかかる。そのため、事業規模が小さい案件については、これらの費用を賄うことが難しく、関係者が実質的に赤字で費用負担する可能性が高くなるため、持続可能なモデルではない。
    また、全体の予算要求額に対して事業費以外の費用割合が高い場合には、行政が議会からの承認を得ることが困難なケースが多い。海外事例には数千万規模の案件がほとんどなく、数億規模が一般的であるのもそのためだ。八王子市、神戸市ともに数千万円規模だが、事業費以外のコストを勘案すると残される課題は多く、今後本格的に展開させるためには、事業規模の拡大を目指していく事が必要となる。
    事業規模拡大の方法には、大きく3つの方法、「広域連携モデル」、「複数年の事業モデル」及び「大規模事業モデル」があると考えられる。
     
    1.「広域連携モデル」
    県と市町村が同一プログラムを実施するの垂直連携、または、市町村同士が同一プログラムを実施する水平連携がある。
    2.「複数年の事業モデル」
    単純に介入プログラムを3年等に複数年として継続して事業改善を図りながら推進するモデルであり、海外では複数年の事業モデルが一般的である。
    3.「大規模事業モデル」
    PFIなどの元々規模が数十億の事業領域にSIBを組み合わせて実施するモデルである。
     
    2017年度は、「県+市町村連携による広域連携モデル」のSIB案件形成を進めており、通常、導入が困難と想定される小規模自治体も参画できる見込みである。また、「複数年の事業モデル」も導入を別の自治体で検討しており、PFI事業へのSIBの適用可能性も検討しているところである。これらの新しい取組みは、SIBを持続可能なモデルとするために、重要な役割を担うと考えられる。もちろん、「事業費以外の費用」の軽減手法についても並行して検討を進めており、これについては別途共有する。

日本での本格的なSIB導入は始まったばかりである。先に始まった海外の事例に学ぶことも多いが、日本で現状課題となっていることは海外でも同様に課題となっていることが多い。SIBという手法自体がグローバルで見ても過渡期にある中で、日本から海外に新たな知見を発信できることも多いと感じる。SIBが魔法の杖でもなく、安易に設計できるものではないということを十分に理解しながら、より良い方法を模索していきたい。
まだまだ超えるべき課題は多いが、日本初のSIB導入事例が日本でのよりよい成果志向の取組みが増えるきっかけとなることを願う。

ケイスリー株式会社 幸地正樹)