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「SIBに対する批判的考察」を考察する

2018年5月24日

 ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond:SIB)への世界的な関心の高まりを背景に、今月、スタンフォード・ソーシャル・イノベーション・レビューに、Yunus Centre for Social Business and Health 研究者2名、Glasgow School for Business and Society 教授1名による「A Critical Reflection on Social Impact Bonds」SIBに対する批判的考察)と題した記事が掲載された。日本では、2017年にSIBモデル事業が開始されたばかりであり、こうした先行するグローバルな事例や議論も追いながら、今後のより良い発展に向けた検討や改良を重ねていく必要がある。その観点から、今回の批判的考察について考察してみたい。

まず、記事の中で指摘されている主な点は以下の通りである。

  1. イノベーション促進効果の低さ
    SIBは課題解決の革新的な取組みを促進するとされているが、実際にはそのような効果が低い。それは、投資への経済的リターンを求める資金提供者には、実験的で不確実性の高い取組みに投資するインセンティブが働かないためである。
     
  2. 事業者の自由度の低さ

    事業者のサービス設計や運営に対して、資金提供者や中間支援者の監理・監督が強くなるため、事業者の裁量はむしろ狭まり、管理コストは上昇する。
     

  3. 取引コストの高さ

    関係者間の調整や契約締結が複雑であるため、取引コストが高い。そのため規模拡大が求められるが、大規模な投資の管理ができる能力を持った非営利組織は多くない。
     

  4. 成果連動の弊害

    成果指標に基づく支払い契約は、成果指標の選定や測定、因果関係の特定、成果が出にくい受益者が後回しにされてしまう懸念など、いくつもの問題を引き起こす。加えて、将来の経費削減効果は、短期的な成果指標の達成ではなく、長期にわたる努力によってもたらされるものである。
     

  5. 社会的サービスの変質

    資金提供者が主たる関係者となり、市場原理が公的サービスに持ち込まれることで、市民を“商品”に変え、社会的サービス性質や、その提供者と受益者との関係性を変えてしまう懸念がある。

 SIBの事例は、既に英国で約40、米国で10以上あるのに対し、日本ではまだ各論点を検証するのに十分な事例や実績が蓄積されていないと言えるだろう。しかし、組成コストの高さ(3)については既に、日本初のSIB本格導入に関わった関係者の議論2018222日開催)の中で、今後解決すべき重要な課題として挙げられている。取引コストの高さは、その透明性の低さとも相まって、グローバルで問題となっており、批判も多い。そのため、簡素化や標準化等により取引コストを下げる取組みが必要であり、日本でも県と市町村による広域連携やテクノロジーの活用等、グローバルでの意見交換を通じて様々な検討を進めている。

 一方、SIBが当初の期待通り、事業者の創意工夫を促し(2)、革新的で効率的なサービスの提供を生み出すツールとなるのか(1)については、今後の検証を待つ必要があると言えるだろう。しかし、成果連動の弊害(4)、関係性の変質(5)に関する指摘については異論がある。

 SIBの検討プロセスでは、これまで議論に参加しなかった関係者も巻き込みながら、従来の「何をやるか」という仕様ベースの議論ではなく、「成果とは何か」、「成果を高めるためにどうしたらよいか」という成果ベースの議論を行う。その過程で、関係者は、発注者と受託者という関係性から、同じ方向を向いて成果を高めるためチームという関係性へ変わっていく。関係性はむしろ高い社会的インパクト創出を可能とするものへと変質し、それこそが、成果志向が浸透していない日本において様々なSIB導入検討を支援してきた我々の考えるSIBの本質的かつ重要な意義である。また、その過程で、ロジックモデル作成を通じた成果の可視化が進められ、関係者の視点が長期的な成果向上に向かうことで、必然的に「治療的政策」から「予防的政策」への移行が期待できる。これは、成果連動の弊害よりも遥かに大きな便益を関係者にもたらすと考えられる。

 SIBは、成果志向の取組みを後押しするためのツールのひとつに過ぎない。重要なことは、行政、事業者、資金提供者等の多様な関係者がより高い成果を目指して共に協力しながら考えることであり、それを意識せずに、SIBありきで導入を進めたり、関係者で十分な議論が行われないまま一部の力で決定が為されたり、形式だけを整えることに時間と手間をかけることはマイナスの効果しか生まないと考える。

 弊社は今後も、こうした先行事例を多く持つ海外の批判的考察も追いながら、「SIBが良いか、悪いか」という二元論ではなく、SIBを始めとする成果志向の仕組みが事業者の創意工夫を促し、革新的で効率的なサービスを実現するにはどうあるべきか、受益者を中心に据えながら社会的インパクトを最大化させるにはどうあるべきかという観点から、関係者とともに建設的な議論を重ね、より良い取り組みを模索していきたい。

ケイスリー株式会社 今尾江美子